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東京高等裁判所 平成4年(ネ)1279号 判決

控訴人

佐久間ふく

右訴訟代理人弁護士

田口哲朗

被控訴人

宮崎興業株式会社

右代表者代表取締役

宮崎英一

右訴訟代理人弁護士

土岐敦司

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の土地を明け渡せ。

2  被控訴人は、控訴人に対し、平成三年四月七日から右明渡し済みまで、一か月一七万二五〇〇円の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の土地を明け渡せ。

3  被控訴人は、控訴人に対し、平成二年六月一六日から右明渡し済みまで、一か月一七万二五〇〇円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

第三  証拠

証拠の関係は、本件記録中の原審及び当審の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被控訴人が昭和四八年四月七日に控訴人の父國澤重蔵から同人所有の本件土地を賃借りし、その後重蔵が死亡し、控訴人が相続により本件土地の所有権を取得するとともに、本件土地の賃貸人の地位を承継したこと、右賃貸借契約における賃料が平成元年四月七日から一か月一七万二五〇〇円と約定されたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人と重蔵との間で締結された本件土地の賃貸借契約(本件賃貸借契約)が建物所有を目的として締結されたものであるか、あるいは一時使用のために締結されたものであるかについて判断する。

1  甲第一号証、第二号証の一ないし六、第三号証の一ないし三、乙第一ないし三号証、第四号証の一、二、第六ないし一〇号証、証人戸蔵鐵男、同宮崎きよ子の各証言、控訴人本人尋問及び被控訴人代表者尋問の各結果並びに弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められ、被控訴人代表者尋問の結果中右認定に反する部分は、右認定事実に照らして採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原判決別紙物件目録(一)記載一ないし三の各土地は、控訴人の父國澤重蔵所有の原判決別紙図面記載のとおりの土地であり、昭和四八年四月七日に本件土地を被控訴会社が賃借りすることになり、それと時期を同じくして、同目録(一)記載三の土地のうち本件土地に隣接する部分を戸倉鐵男が賃借りし、同目録(一)記載一の土地のうち本件土地の反対側に隣接する部分を株式会社北富建設が賃借りした。

(二)  重蔵と被控訴人は本件賃貸借契約を締結するに際し、昭和四八年四月七日付けの『土地一時使用賃貸借契約書』(乙第一号証)を取り交わした。右契約書の二条には、重蔵は本件土地をアパート建設所有のため利用すべく準備中であったが、被控訴会社の申入れにより、被控訴人が本件土地を作業場及びその作業に必要な諸材料器具の置場として一時使用するためにこれを賃貸するものであり、本件土地の使用目的は作業場及び資材置場としての利用に限り、右使用目的に供するための組立式の仮設物及び仮設便所を設置するものとするが、それ以外の建物その他の工作物を一切建築、設置しないこと並びに本件土地に地上権、借地権が発生しないことを当事者双方が合意し、賃貸借の存続期間を一年間とする旨の約定が記載されている。重蔵は、予て被告人に対し、本件土地を控訴人に相続させることにしていたことから、将来賃借人に有利な契約となっては困るとして、一時使用のための賃貸借であることを明確にしておくために公正証書の作成を嘱託することになった。控訴人は、同月九日、重蔵の代理人として、被控訴会社の代理人(取締役)宮崎きよ子(代表取締役宮崎英吉の妻)とともに公正役場に出頭して、公正証書の作成を嘱託した。右嘱託により右契約書と同一の内容の「一時使用土地賃貸借契約公正証書」が作成された。本件賃貸借契約に際して、権利金、保証金、敷金等名目の如何を問わず、賃料以外の金銭の授受はなされなかった。

(三)  控訴人が本件土地を賃借りした昭和四八年当時、本件土地は、産業廃棄物等による埋め立てが進んで草の繁茂する更地であり、付近には殆ど建物はなかった。被控訴人は、賃借り当初本件土地(面積約一五〇坪)に建坪約一八坪程度の二階建てのトタン屋根及びトタン外壁の建築物を建築して、被控訴人の事業である土木建築工事請負業に従事する従業員約一〇名の宿舎として使用し、その余の土地部分は資材置場及び自動車置場等として使用していた。右建築物に被控訴会社の代表者家族が居住したこともあったが、建物保存登記の申請は行われなかった。なお、本件土地に隣接する土地部分を賃借りした北富建設も同様の簡易組立式の建物を建築して、その賃借部分について被控訴人とほゞ同様の使用をしており、戸倉は、その賃借部分を同人が経営する鉄工所の作業場として使用し、工場建物及び鉄工作業設備を建築所有して使用していた。

(四)  本件土地について、昭和四八年に最初の賃貸借契約が締結されて以来、賃借期間(一年)が満了する都度、毎年四月に賃貸期間を一年間とする前記「土地一時使用賃貸借契約書」と同一表題、形式及び内容の契約書が取り交わされ、その度ごとに賃料の改定も行われてきた、被控訴人は、本件土地を賃借り後、昭和五八年までに五回にわたり前記建築物の建て増しを行い、その建坪を五〇坪程度のものとした。しかし、被控訴人は、重蔵ないし控訴人に対して増築工事について了解を求めたことはなく、いずれも無断で行ったものであった。控訴人側も事後的には右の増築の事実を知るに至ったが、増築について苦情を述べたことはなく、賃料も紛議なく授受されてきた。

平成元年四月四日には、控訴人が依頼した不動産仲介業者有限会社寺西商事の立会いにより、控訴人と被控訴人との間で前記「土地一時使用賃貸借契約書」と同一形式及び内容の、契約期間を平成元年四月七日から一年間とし、賃料を一か月一七万二五〇〇円とする賃貸借契約書が取り交わされた。

(五)  被控訴人は、平成元年一一月から平成二年一月にかけて、従前の建築物の大部分を取り壊し、その跡に工事費用約一四〇〇万円をかけて、部屋数一八、作業場及び事務所からなる総床面積約九六坪の二階建の本件建物(原判決別紙物件目録(二)記載一の建物)を建築し、従業員約三五名の宿舎として使用し、本件土地上には原判決別紙図面記載のとおりの形状及び配置で本件建物が存する状態となった。

本件建物の基礎は、基礎ブロック二枚を重ねたもので、土間コンクリート工事を含めて工費六七万円余を要した。本件建物は本体一棟三一六万八〇〇〇円の簡易組立式のもので、搬入に二四万円、建方に一七万二八〇〇円を要し、その他の費用を含めて建物本体工事費は合計三六三万八四〇〇円であった。内装等の木工事には合計三八九万六五〇〇円、電気工事に一五〇万円を要した。

被控訴人は、本件建物の建築工事について、控訴人に対する事前の連絡もせず、その承諾を得たこともない。本件建物について、建築主事の建築確認を受けたこともなく、建物完成後において保存登記の申請もしなかった。

(六)  控訴人は、本件建物の完成後に建て替えの事実を知り、寺西商事を通じて抗議をしたが、納得できる返答はなかった。被控訴人から控訴人に対する直接の説明もなかった。平成二年四月一〇日ころ、被控訴人は、寺西商事の関与の下に、「土地一時使用賃貸借契約書」(乙第三号証)を取り交わすべく、代表者宮崎英一がこれに記名捺印した。控訴人は、被控訴人による無断建て替えに納得することができず、更なる賃貸を拒絶する趣旨で、右書面に捺印をしなかった。

(七)  控訴人は、本件土地に隣接する土地部分について、北富建設との間の賃貸借契約が一時使用目的のものであることを明確にするため、平成元年二月二七日に北富建設との間で、右土地部分の賃貸借が北富建設の作業用資材及び車両の置場並びに仮設事務所及び宿舎の敷地として使用する一時使用の賃貸借契約であることを確認する旨の条項を含む即決和解を成立させている。

2 右認定の事実によると、本件土地の賃貸借契約が最初に締結された昭和四八年当時重蔵にアパート建築の予定があったかどうかは明らかではないが、当時七七歳であった重蔵(明治二八年二月生まれ)としては、本件土地を控訴人に相続させる意思を有しており、賃貸人にとって将来負担とならないように、一時使用のための賃貸借であることを明確にするために公正証書の作成を指示していることから、通常の非堅固建物所有目的の三〇年間の賃貸借契約を締結する意思はなかったものと解される。そして、そのために、当事者間に取り交わされた賃貸借契約書には「土地一時使用賃貸借契約書」との表題が付され、本件賃貸借契約が作業場及び資材置場としての一時使用目的のものであることが明記され、被控訴人が設置することができるのは組立式の仮設物及び仮設便所だけであって、それ以外の建物その他の工作物の建設及び設置が禁止されていた。本件賃貸借契約が締結された当初設置された構築物はいつでも撤去可能な仮設建物であり、後に建てられた本件建物も組立式で、その構造、規模及び設置工事に掛かった費用の額からして、仮設建物であり、その構造・設備等を考慮すると、解体、移転、撤去は比較的容易であるとみられる。また、借地法上の借地権を設定する場合においては、賃貸期間が長期に及ぶほか、期間満了時においても土地が返還されない可能性が高いことから、一般に賃貸人が土地の時価を基準にして権利金を収受するのを常とするところ、本件賃貸借においては権利金、敷金等賃料以外の金銭の授受が行われなかった。これらの事情を考慮すると、重蔵と被控訴人との間の本件賃貸借契約の主たる目的は当初から一貫して、作業場及び資材置場として一時的に使用することにあったものであって、普通建物の所有を目的とするものではないと認めるのが相当であり、ただ、その目的を実現するに必要な限度でその付随的施設として前記のような仮設の構築物の設置が許容されたものと認めるのが相当である。

そして、本件賃貸借契約は期間満了の都度毎年更新され、その都度契約書には一時使用の目的であることが明示され、その後それが変更されることもなく更新されてきたものであるが、たといそれが約一五年間にわたり、当初の仮設の構築物が五回にわたって増築され、その一部には人の居住が可能な施設が設けられ、現実に被控訴会社の代表者家族がこれに居住したことがあったということを考慮しても、控訴人と被控訴人との間に存続してきた本件賃貸借契約は、一時使用の目的を維持しているものというべきである。

三  控訴人は、本件賃貸借契約は平成二年四月六日の経過により、期間満了により終了したと主張する。しかし、前掲各証拠によると、被控訴人が同日の期間満了後も引き続き本件土地を使用していたことが認められるところ、乙第三号証、乙第五号証の一、二及び控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は、前記のとおり同年四月一〇日付の「土地一時使用賃貸借契約書」に捺印することは拒絶したものの、同月一六日には本件賃貸借契約を継続しようと思って同月分の賃料を受領したこと、また、同年五月には同月分の賃料額の小切手を受領していることが認められるから、本件賃貸借契約は同年四月七日に賃貸期間を平成三年四月六日までの一年間として、合意により更新されたものと認めるのが相当である。したがって、控訴人の右主張は、理由がない。

しかし、本件賃貸借契約は平成三年四月六日の経過により、一年間の期間満了によって終了したものというべきである(控訴人が被控訴人に対し、本件賃貸借契約が平成二年四月七日に更新された後である同年一一月二〇日に本件訴えを提起して、本件建物の収去及び本件土地の明渡を求め、これを維持していることは当裁判所に顕著であるから、黙示の更新を認める余地はない。)。

四  そうすると、被控訴人に対し、平成三年四月六日の経過により本件賃貸借契約が終了したことを理由として、本件建物収去及び本件土地明渡を求める控訴人の請求は理由があるから、これを認容すべきである(なお、控訴人は、本件賃貸借契約の解除による終了を原因とする明渡をも求めているが、期間満了による賃貸借契約の終了を原因とする明渡請求が先順位の請求であるから、本件賃貸借契約の解除の成否については、判断しない。)。また、被控訴人に対し、本件土地の使用料相当の損害金の支払を求める控訴人の請求は、平成三年四月七日から右明渡し済みまで一か月一七万二五〇〇円(前記認定事実によると、本件土地の使用料相当額は、一か月一七万二五〇〇円であると認められる。)の割合による金員の支払を求める限度では理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却すべきである。

五  よって、当裁判所の右の判断と結論を異にする原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官櫻井文夫 裁判官渡邉等 裁判官柴田寛之)

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